※この文章は、AMC JOURNAL(東京藝術大学芸術情報センター紀要)2025への掲載を目的として執筆する草稿である。
Abstract
本稿は、2023年度から2025にかけて実施されたAMC開設授業「コードとデザイン」(前期金曜4・5限)の授業設計および実施記録である。本授業は、美術・音楽を専門とする学生を対象とした電子工作とプログラミングの知識習得を中心とした演習授業である。本授業ではその知識習得過程自体をパーソナル・パーソナルコンピューティング:誰もがコンピューターをただ使うだけでなく、自分(たち)のための計算機を自らの手で作れる技術環境づくりのひとつと位置づけ、電子計算機の原理や歴史的発展にも時間を割いている。 本稿では、その授業設計の背景や、カリキュラムの具体的な内容を記述した上で、改善しうる点について述べる。
はじめに
本稿では、2023年度から2025年度にかけて筆者が担当したAMC開設授業「コードとデザイン」の授業設計とその反省について記述する。
本稿の第一の目的は、近しい領域における授業の実施を検討している教員への参照点を示すことだ。本授業の設計でも大きな参考とした”Code as Creative Medium”においても触れられているように、デザイナーやアーティストがプログラミングやコンピューティングを学ぶためのリソースはあっても、それを教える人のための指針やドキュメントはそう多くない。教員の時間は有限であり、授業初年度は様々な業務の合間を縫って毎週のように次の授業のスライドやWSの準備をしなくてはならない。そうした中で、15回の授業をどのように設計し、どのような反省点があったかを記録するだけでも、今後の教育者のための何かのの参照点となることを期待する。
背景
2022年度以前から芸術情報センターで「コードとデザイン」はデザイン科共催授業を基にして継続的に実施されてきた。内容としてはArduinoの使用方法やレーザーカッターを用いた造形のような、アーティストとして役に立つプログラミング、電子工作、デジタルファブリケーションの知識の習得を目指すものであった。2022年度後半に、それ以前授業を担当していたデザイン科の鈴木太朗教授との相談の上、基本的な目的は維持したうえで新たにゼロから授業を設計することになった。
授業設計上の制約としては、まずあらかじめ決まっている時間の長さ(90分×2コマx15回)がある。また、他のAMC開設授業の中には映像表現、音楽等を取り扱う授業はあるものの、電子工作のようなハードウェア要素の強い授業は他にないため、全体のバランスとしてハードウェアの取り扱いを中心に据える必要もある。
さらに特徴的な制約としては、想定される対象履修者の幅広さがある。芸術情報センターには直接学生が所属せず、美術、音楽、映像問わず全学科の学生が任意で芸術情報センター開設授業を履修できる。学部1年生から大学院博士課程まで履修する可能性がある。それゆえ全くプログラミングをしたこともない学生、Arduinoだけは軽く触ったことのある人、既にモーターなどを使用した工作の経験まである人など、前提知識には例年大きなばらつきがある。
授業設計の指針
本授業全体の副題として「パーソナル・パーソナルコンピューターをつくる」と設定した。
授業を設計するにあたって意識的に行ったことの一つが、全てをゼロから作るわけではなく、既存の授業資料やワークショップを積極的に活用することであった。特に、前半の授業は筆者が2018年に参加したニューヨークのアーティスト・ラン・スクールであるSchool for Poetic Computation(SFPC)のカリキュラムを参考にした。特に参考にしたのは、スクール設立者の一人であるTaeyoon Choiによるワークショップと、アーティストユニットCW&Tによるハードウェアの授業である1。
本授業の前提として、パーソナル・コンピューターは1980年代以後に爆発的に普及したものの、当初根底の思想として研究されていた個人が自由に入出力を作り変えられるメディアとしての性質を十分に発揮できていないという歴史観がある[@emerson2014]。アプリストアの公証を受けなければインストールが許されなかったり、ユーザーによる内蔵ハードウェアの交換可能な範囲が年々狭くなっていく中で、たとえばArduinoのようなマイクロコントローラーによって自分だけのコンピューターインターフェースを制作することを、現代においてよりパーソナルなパーソナル・コンピューターを作る行為と呼べるのではないか、といった考えを念頭に最終目標を設定している。
またこの最終目標は、最終課題制作に一定の自由度を与えることも意図している。本授業の最終課題は完全自由制作か、後述する授業内小課題を発展させたもののいずれかを選択できるようにしている。完全自由制作については、自分が履修している他の同時期の授業における課題制作に、授業で学んだ要素が生かされているならばそれを提出しても良いことにしている。これら課題設定の背景にはAMC開設授業の性質上、自分の所属する学科の授業課題に比べて優先度が低く、学期末に課題が集中することで途中離脱することを避ける意図も含んでいる。
また最終課題は作品ではなく、作品制作のために使う道具であったり、日常的に使う生活用品のようなものでも良いことにしている。これは、芸術学科、楽理科や音楽環境創造科の学生のように、必ずしも作品制作を主軸に置かない学生も存在するため、それぞれの目的意識に合わせた制作を行えるような意図である。
カリキュラム
カリキュラムは全体として、コンピューティングの概念と基礎理論を理解するためのパート、Arduinoのチュートリアルパート、最終課題制作のパートと3つに分かれており、最終課題以外は概ね1コマごとに1WSを実施するような構成になっている。
- Conditional Design Workshop
- Victorian Synthesizer/ Tympanic Alley
- インバーターの製作
- 2進数カードゲーム(浦川通)
- NAND回路と全加算器
- Arduino基礎
- 秋葉原に買い物
- 雑マウス
- Processingとの連携/ピンポンゲーム
- サウンド
- モーター
- 課題制作打ち合わせ
- デジタルファブリケーション(手作り電子部品)
- 課題制作打ち合わせ2
- 最終課題発表
前半
Conditional Design
初回は、Conditional Design Workshopを実施する。この回は、授業の履修抽選前の段階であるが、授業内容の紹介も兼ねたワークショップの実施という形にした。Conditional Designは、デザイナーのLuna Maurer, Jonathan Puckey, Roel Wouters、アーティストのEdo Paulusらによって考案された、単純なルールに基づいて複数人でグラフィックを生成するワークショップである。単純なルールとは、例えば、「ペンを一度も離さず、他の人の線と交差しないようになるべく長い曲線を描く」、「どこかの線分の中央から垂直に直線を伸ばす→線分のいずれかの端同士を直線で繋ぐ、を繰り返す」といったものである。
ここでは、授業のタイトルである「コードとデザイン」における、デザインがどのような領域を指すのかについて考えることを目的としている。単純なルールから複雑なグラフィックが生まれる過程を通じて、参加者はアルゴリズムやプログラミングといった概念が必ずしもコンピューターに依存するものではないことに気づく。また、同時にデザインという領域が、グラフィックやプロダクトといったものから、人同士の関係性を構築したり、社会に問いを提示するものへと発展してきた歴史についても触れる。
[WSの写真]
電子工作脱入門:Electromechanical Oscillator
2回目では、電子工作の基礎として、スピーカーと9V電池、アルミホイル、配線のみで音を鳴らす構造を作る。このWSは、イギリスの音楽家John Bowersによる「The Victorian Synthesizer」というワークショップと、サウンドアーティストPaul Demarinisの「Tympanic Alley」という作品を基にしている。スピーカーと9V電池を通電させると、通電の瞬間スピーカーに電流が流れダイアフラムが持ち上がる。ダイアフラムの付近に、例えばアルミホイルで膜を貼り、電線がアルミホイル=ダイアフラムに触れることで通電するような構造を作ると、ダイアフラムの振動そのもので電線を弾き飛ばし、通電がカットされる。通電が止むと配線は元の接触状態に戻り、再び通電が起き音が鳴り・・・という繰り返しで持続的な音が発生する。
この授業では、電源から配線が負荷に繋がりループを形成すると電流が流れるという電気回路の基礎概念を学ぶ。また、参加者はスピーカーという、電気的なインダクタンスに加えて物理的なコンプライアンス(≒電気回路におけるキャパシタンス成分)などが引き起こす時間遅れとフィードバックが振動現象を引き起こし、コンピューターの基礎を成す要素のひとつであるクロックがどのようにして動作するかを直感的に理解する。
[WSの写真]
Handmade Computer(3,5回)
第3、5回目を通じて、参加者は紙の上に銅箔テープで形成した回路の上に基礎的な論理回路をトランジスタを用いて構成する。第3回は、入力を単に反転するだけのインバーターを実装し、第5回では2つの入力が共に0のとき1を出力するNAND回路を実装する。トランジスタによるロジック回路の構成には、通常のトランジスタを用いたTTLロジックと、FETを用いるCMOSロジックの2種類が検討できる。
紙でやる理由 配線の注意点として、銅箔テープの裏面は粘着剤のため導電性がない。そのため、テープ同士を接続する際は、接点の角を小さく折り返した上で重ね、可能な限りハンダづけもすることを推奨する。もしくは材料の価格は上がるが裏面に導電粘着剤を用いているテープを使用する。また銅箔テープへのハンダ付は、あらかじめユニバーサル基板と比べてハンダの濡れ性が悪いため、可能であればフラックスを必要な数用意することを推奨する。
[NAND回路をTTLとFETのものそれぞれ、実物の写真]
回路構成について、本授業では2024年度まではTTL、2025年度はCMOSで行った。TTLで行うと、トランジスタの個数が少なくて済む一方、ベース抵抗などの部品点数が増える。CMOSロジックの場合、部品点数自体は少なくなる一方で、手で半田付け可能なPMOSトランジスタの入手性が悪い問題がある。本授業では価格と入手性、半田付けのしやすさを考慮して、2SK4017(NMOS)、MTP4835(PMOS)の2種類を使用した。
アドバンスド
リングオシレーター、13
バイナリーカードゲーム
後半:Arduinoの実用
Arduinoの選定
Leronardoか、Arduino Uno R4
これらだとUSB HIDエミュレートができる
ただし、ADCTouchなど普通のライブラリで使えるものが使えなくなる
Footnotes
-
2020年以降、コロナ禍の影響及びSFPCの運営体制変更に伴い現在のSFPCではハードウェアの授業は実施されていない。 ↩