抵抗やコンデンサ、コイルのような素子自体をDIYデザインやクラフトの対象にする試みはHannah Perner-Wilsonらの”Kit of No Parts”を代表として様々な例があるが、半導体素子に関してはまだまだ例が少ない。
ダイオードに関しては、1920~30年代から試されていた点接触式の簡易的なデバイスが作れるため、アーティストのIoana Vreme Moserによる「Sizzling Semiconductor」ワークショップや、そこで参照されているNyle Steiner のようなアマチュアによる先例も多くある。一方トランジスタに関しては、同様に点接触式の簡易的なものをRyan Jordanが、またSteinerによるCdS(光可変抵抗)を改造して作るものなど、先行例はいくつかあるがかなり限られる。
半導体製造のオープン化はここ10年で、Googleなども参加するOpen Source Silicon Initiativeや、や日本におけるMake: LSIの活動のように、複数の個人が1枚のシリコンウェハに相乗りする形で集積回路(ASIC)のデータを入稿する、ソフトウェア側のインフラの整備が進んできた。
一方で、物理的なトランジスタ製造のDIYはむしろ停滞しているかもしれない。2010年ごろまではYahoo!グループの「Homemade Transistor」というトピックで議論が交わされていたが、現在はこうしたトランジスタを物理的に制作することを目指したコミュニティは見当たらない。
今日の一般的な工業的製造方法に倣った、シリコンウェハ上にトランジスタを形成する取り組みを行っているアマチュアとしては、Jeri EllsworthやSam Zeloof、ProjectinFlightなどがYoutube上に動画で実例を挙げている。
しかし、シリコンウェハを使ったトランジスタは、かなり簡易的な方法を用いたとしても次の3点が大きなハードルとなる。
- 超高温。シリコン上に絶縁層(SiO2)を作ったり、不純物を添加する(ドーピング)ためには1000°C近い温度で加熱可能な炉が必要になる。層の厚さを均一にコントロールするためバーナーなどでは置き換えられない。
- 真空。電極を蒸着やスパッタリングで形成するために必要になる。
- 特殊な薬品。絶縁層を任意のパターンで削り出すため、フッ化水素酸のような通常購入が難しく、また蒸気や廃液など取り扱いの困難な薬品が必要になってくる。
Zeloofのような先行例では炉や真空装置をebayで手に入れたり、炉自体をDIYで作るようなアプローチを取ることになるが、依然根本的なハードルの高さは否めない。
もちろん、工業的にもこれらの3要素なしに製造できるメリットは大きいため、様々な研究が行われている。例えば比較的低温(~250°C)で製造ができるのなら、基板をガラスやシリコンでなくプラスチック上に形成できる。
特に、Printed Electronicsと呼ばれる分野ではトランジスタを含めた素子を、薬品の塗布や加熱の繰り返しのような簡易的なプロセスで作ることを目指している。
中でも酸化亜鉛(ZnO)をベースにした薄膜トランジスタ(Thin-Film-Transistor:TFT)は材料の入手性や人体、環境への安全性の面でDIYでの製造に適している。工業的には(真空プロセスが主流だが)ZnOが透明であるため、液晶ディスプレイなどに応用されている。
アマチュアで酸化亜鉛ベースのトランジスタを製造している例は、ユーザー名madscifiによるブログ”And a Quarter gets You Coffee”でのHomemade Thin-Film Transistor Experimentsが唯一である。
https://web.archive.org/web/20210504200229/https://www.andaquartergetsyoucoffee.com/wp/?page_id=130
madscifiによる実験では、前駆体溶液(加熱するとZnOの薄膜が得られる溶液)として、硝酸亜鉛とイソプロピルアルコール(2-プロパノール)を用いている。この溶液は熱分解時にZnOとNO2ガスを出すため危険であると同時に、入手の難易度も高い(直接手に入らないにしても、製造には硝酸が必要なため依然危険)。
研究では前駆体溶液に酢酸亜鉛(Zinc Acetate)を用いているものが多く、こちらは加熱時のガスも比較的安全な上、氷酢酸、酸化亜鉛、塩酸、炭酸ナトリウム、純水という、比較的入手性の高い材料で作ることができ、副産物はCO2と塩化ナトリウム(=塩水)だけと扱いやすい。
実際の研究では酢酸亜鉛を純水、あるいはエタノールやイソプロピルアルコールなどの有機溶媒に加えた上で、モノエタノールアミンなどのアミン系添加物を加えることで安定した結晶を得ているものが多い。これら添加物を一般的に入手するハードルは高いが、酢酸や乳酸などの酸を用いていたり、ポリビニルアルコール(≒洗濯のり)のみで実現している研究もあるため、市販で手に入る材料のみで酸化亜鉛ベースのトランジスタを作ることは不可能ではないと考えられる。
では、芸術家やデザイナーが物理的にトランジスターを製造できることにどんな意義があるのか?
MoserやJordanの作品では、普段顧みられることのない半導体素子を鉱物や石という材料レベルで剥き出しにすることで、ブラックボックス化された技術への想像力を取り戻すきっかけを与えてくれている。また、Peter VogelやEirik Brandalのように、電子パーツ自体を立体的に組み上げ、機能を持った彫刻を作る作家たちの延長線上に、パーツそのものの形状までもがデザイン対象である、電気回路としての機能と造形が直接的に融合した作品制作を想像することもできる。
さらに、あまり着目されていない視点として、そもそも半導体製造のプロセス自体が、写真や版画のような複製芸術の制作技術の延長にあることを指摘したい。
今日の主要な集積回路の製造は、細かい違いこそあれ、回路パターンを露光し、薬品等で削り出す(あるいはレーザー等で直接形成する)フォトリソグラフィ多数の層を作ることでできている。実際、初めての集積回路によるCPUであるIntel 4004の製造では、元々手書きで作られたパターンをステッパという縮小投影装置(≒プロジェクタの逆)で露光している。なんなら、ZeloofによるDIYステッパは本物のプロジェクタを改造して顕微鏡と合体して作られている。Printed Electronics研究における簡易的な製造ともなると、より身近なスクリーン印刷や転写、インクジェットによる製造が探求されている。
すなわち、コンピューターは写真やレコードのような複製メディアの発展系として、デジタルデータによる作品の無限の複製を可能にした一方で、コンピューター自体も複製技術によって刷られているのだ。
版画はインドネシアのタリン・パディをはじめ日本のA3BC(反戦・反核・版画コレクティブ)まで、アジアにおける社会運動において重要な表現の手段になってきた。版画は誰でも簡単に始めることができ、その上で複製して多くの人に届けることができる。ZINEもそうだが、自ら声を挙げ、届けるためのメディアとネットワークを自分たちの手で作ることができるのだ。
さすれば、わたしたちはやはり刷られたコンピューターを使うに留まらず、ZINEを刷るようにコンピューターを自分の手で刷れなければならない。たとえ出来上がったものがろくに使い物にならなかったとしても、たとえラズパイやArduinoを買う方が圧倒的に安上がりだったとしても、それは一部の狂ったギークのやりすぎたお遊びなんかではぜんぜんない。
私たちはちょっと気合を入れればコンピューターを作れるのだ、という状態へ持っていくことこそ、コンピューターなしでは生きられなくなってしまった私たちが社会の中でできる直接運動=アクティビズムなのだ。